何か問題をかかえて弁護士をつけるとしたら、その分野を得意とする弁護士に依頼したいと思うのが人情ですし、弁護士選定の一つの基準であることは間違いありません。
これは、別に間違いではありませんが、一般の方にとっては、こうした基準は必ずしも有効ではありません。法曹人口増員を含む司法改革が進んだとは言え、弁護士の数は米国などに比べて格段に少なく、取扱分野の細分化、専門化は進んでいません。離婚弁護士とか交通事故専門の「示談屋」弁護士というのはドラマや劇画の中だけで、実際にはお目にかかったことはありません。不幸にしてあなたが離婚紛争に遭遇した場合、相談した弁護士に「先生は、離婚事件は専門ですか?」と尋ねたとしたら、苦笑されるかもしれません。
視点を変えて、判決を下す側の裁判所から見てみましょう。特定の分野の事件のみを扱ういわゆる「専門部」は、基本的には東京や大阪などの大都市にしか存在しません。つまり、あなたが地方在住であれば、肝心の判決を下す裁判官はとりたててその分野の「専門家や権威ではない」ということであり、弁護士側の専門化、取扱分野の細分化がそれほど進んでいないことと表裏一体とも言えます。
実際に、地方や大都市でも中小の事務所では、「何々専門」を掲げる事務所は多くありません。個々の弁護士のプロフィールで過去に執筆した書物などを掲げて、得意分野を強調している程度で、一部の大手事務所のパートナークラスの弁護士や、学者に匹敵するような権威ででもない限り、当該得意分野の全受託案件に占める割合というのは思いの外少ないと思われます。
このような、いわゆるノンテリで業務を受託する(ノンテリが許される)我が国の一般的な弁護士像に対して、「殿様商売化」を招きかねないとして、一般消費者の皆さんや経済界から批判があることは事実です。しかし、一般市民の皆様にとっては、「専門の中の専門家」や「権威」よりも、些細なことでも親身に相談にのってくれる法律家が身近にいることの方が大切な場合もありますし、また、弁護士は医者さんと同様に(ある意味、学閥などがほとんどなく、また統一修習の影響で、医師以上に)個々の事務所間でも全国的なつながりがあり、比較的専門性が必要な案件については、その分野に強い事務所と共同で受任するなどということがよく行われています。当事務所でも、ほとんどの事件は事務所単独で処理いたしますが、一部の労働事件などについては、他の事務所の弁護士と共同で受任して万全を期する場合もあります(その場合でも別に費用が増加するわけではありません)。私自身の個人的な考えですが、専門は自分で標榜するものというより、顧問先などの日常的な顧客との関係で結果として育ててもらうという側面が強いと思っています。
最後に、東京地裁の「専門部」をあげておきます。受ける側の裁判所の体制から弁護士の専門性が要求される分野かどうかということを判断する一助になると思います。
- 行政部
行政事件を扱う。 - 商事部
次の事件を扱う。- 商事訴訟(株主権確認訴訟、株主総会決議取消訴訟、取締役会決議無効確認訴訟、法人の役員に対する責任追及訴訟、株主代表訴訟)
- 保全事件(取締役等職務執行停止・代行者選任仮処分、議決権行使禁止・許容の仮処分、新株・新株予約権発行差止仮処分)
- 会社更生事件
- 非訟事件(特別清算、清算人選任、株式価格決定)
- 保全部
仮差押、仮処分(係争物に関する仮処分、仮の地位を定める仮処分)、人身保護請求、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律に基づく保護命令等の民事保全の事件を扱う。 - 労働部
次の事件を扱う。- 労働関係民事通常事件(解雇・雇い止め事件、賃金(残業代を含む)・退職金請求事件、損害賠償請求事件(セクハラ・パワーハラスメント、競業避止義務を含む)
- 労働関係行政事件(救済命令取消等事件(不当労働行為に関する労働委員会の命令の取消しを求める事案を含む)、公務員労働事件(国歌斉唱拒否を理由とした東京都教職員の処分をめぐる事件)、労災事件)
- 破産再生部
破産手続・民事再生手続の事件を扱う。 - 交通事故・労働災害
交通事故・労働災害を扱う。 - 知財部
知的財産に関する事件を扱う。 - 医事部
医事事件を扱う。
次に、得意分野、専門分野という側面以外から考えてみましょう。弁護士の善し悪しを見分けるのは、なかなかHPなどからでは困難です。かといって、実際に相談してみた対応でわかるかといったら、一般の方にはこれも難しいのです。ここでは、筆者なりの考え方を述べてみます。
証拠によって認定した事実を法文に当てはめるという構造は基本的にどんな事件でもかわりません。事件の解決に必要な法文も民事事件においては、多くの場合民法がベースです。そこで必要となるスキル(基本的な法律構成、証拠収集やその評価など)も多くの民事事件で共通すると言って良いでしょう。
そうしますと、まず、何を専門に詠っているかだけでなく、実際に相談してみて、どれだけ真摯に対応してくれて、かつ、その時の説明がわかりやすく、納得のできるものかということがより大切になると思います。
相談してみて、その後の訴訟などを依頼するかどうかの判断ポイントをいくつか挙げてみます。(あくまでもご参考までに。よい弁護士さんであっても、実際の短時間の相談ですべてを実現するのは困難な場合があります。)
- とりうる手段とその費用をわかりやすく説明してくれること。
- 選択枝をはじめから限定しない。たとえば、借金問題で相談した時に、理由も示さず「破産しかない」というような対応をしないこと。
- 性質上急を要する場合以外で、相談者に事件の委任を急がせない。依頼者がストレスなく「相談限り」を選択できるような雰囲気であること。
- 依頼者の話に真剣に耳を傾けてくれること。
CHAPTER2 了